2026年開催の冬季五輪、ミラノ・コルティナオリンピックが現在行われています。日本勢は絶好調で、毎日のようにメダルラッシュです。過去最強の日本勢ではないでしょうか。
夏季大会に比べると、冬季大会は獲得できるメダル数が少ないぶん、ひとつひとつのメダルの価値やインパクトが大きくなりやすいですよね。
それにもかかわらず、これだけメダルを獲得しているのに「なんとなく盛り上がってない」「あまり話題になってない」と感じていませんか。
なぜミラノオリンピックが盛り上がっていないように感じるのか。
考えられる理由のひとつは、人気種目の多くが深夜帯に放送されていることによる関心の薄れです。もうひとつは、ニュースや話題をどこで知るのかという「情報接触の変化」にあるのではないでしょうか。
今回は、こうした点を中心に考察していきます。
平昌、北京との違い
ここ数大会の冬季オリンピックを振り返ってみましょう。
平昌オリンピック、北京オリンピックは、いずれもアジア開催でした。
アジア開催であれば、日本との時差はほとんどありません。そのため、日本人にとってのゴールデンタイムに人気種目を中心にリアルタイムで観戦できました。
2014年のソチオリンピックについては、記憶も薄れているので放送時間もあまり覚えていませんが、それほど真夜中だったという感覚はありません。
一方で、今回はヨーロッパ開催です。ミラノは、日本との時差が大きく、どうしても競技が深夜帯に集中します。
リアルタイムで視聴できる人が限られてしまうのは避けられず、翌朝のニュースで結果だけを知る人が増えてしまい、それが盛り上がりへの違和感へとつながるのでしょう。
一番痛いド深夜の放送時間
男女ともに金メダルを獲得したビッグエア、そして特に人気の高いスキージャンプやフィギュアスケート。これらの放送時間は何時だったでしょうか。
多くが深夜3時前後に始まり、明け方5時頃に終わる時間帯です。正直なところ、一番観づらい時間帯ではないでしょうか。
- 深夜2時頃なら「もう少し起きていようかな」と思える。
- 朝5時頃なら「早起きして観ようかな」と思える。
しかし、深夜3時から4時という中途半端な時間帯は「それなら寝るか」「さすがに起きていられない」となりやすい。生活リズムを考えれば、無理もありません。
日本人にとっては、まさに厳しい開催時間帯です。よほど関心の高い競技でなければ、徹夜で観ようとはなりにくいでしょうし、翌日の仕事や学校への影響も考えて、視聴を諦める人も多いはずです。
そうなると、リアルタイムでの共有体験が生まれにくくなります。結果だけを翌朝に確認する形になれば「なんとなく盛り上がっていない」と感じるのも無理はありません。
自分がその時間に立ち会っていないことが多いのですから。
トリノオリンピックとの違い
「それはそうだけど、2006年のトリノも同じイタリア開催だったのに、そのときはもっと盛り上がっていたのでは?」と感じる人もいるのではないでしょうか。
その差は「当時と今の環境の違い」が大きいから。
トリノオリンピックが開催された2006年は、地上デジタル放送が本格的に広がり始めた時期で、まだテレビが娯楽の中心にありました。インターネットも今ほど普及しておらず、情報源やエンタメの選択肢は限られていた時代です。
つまり、国民の関心が分散しにくい環境でした。深夜帯であっても「どうせなら見てみよう」となる人が多く、自然と話題も共有されやすかったのだと思います。
一方で現在は、ネット配信やSNS、動画サービスなど娯楽の選択肢が一気に増えました。
「わざわざ真夜中にオリンピックを観なくてもいい」となるのも無理はありません。
その結果、同じイタリア開催であっても、2006年と現在とでは「体感的な盛り上がり」に差が出てしまうのではないでしょうか。
TVからネット中心になったことによる感じ方
では、なぜ「盛り上がっていない」と感じるのかの核心に迫ります。
私は「盛り上がっている」「盛り上がっていない」「話題になっている」「話題になっていない」という感覚は、結局のところ個人の体感に過ぎないのではないかと思っています。
その体感の違いを生むのは「どこで知るか」です。
かつては、多くの人がテレビニュースを通して情報を得ていました。朝や夜のニュース番組で、オリンピックの結果を半ば自動的に目にする。特別に探さなくても、毎日のように触れる構造があったのです。
では今はどうでしょうか。
ニュースの入り口はネットが中心になり「自分の関心のある情報」を選んで見る形に変わっています。アルゴリズムによって表示されるニュースも、基本的には自分の興味関心に寄ったものです。
良くも悪くもテレビメディアの報道量自体は、昔も今も大きくは変わらないと思いますし、過剰気味なのも一緒。
問題はそこではなく「自動的に目に入る機会」が減っていることです。
- 以前は「見ようと思わなくても目に入っていた」
- 今は「自分から目にしようと思わなければ入ってこない」
この構造の変化こそが「盛り上がっていないのでは?」という感覚を生んでいるのではないでしょうか。
テレビの報道量や国民の盛り上がり自体が欠けているのではなく、視聴者側が必然的にメディアから離れたことで、盛り上がっているのかどうかが見えにくくなり、体感としての熱量が下がったように感じるのです。
私はこれが答えだと思っています。
まとめ
日本勢のメダルラッシュが続く中、ミラノオリンピックが盛り上がっていないと感じる理由のひとつは、ヨーロッパ開催による深夜帯の放送時間。
リアルタイムで立ち会えない人が増えれば、共有体験は生まれにくくなります。
そしてもうひとつは、2006年のトリノ大会とは決定的に違う情報環境です。
テレビ中心の時代は、見ようと思わなくてもオリンピックの結果が目に入りました。しかし現在は、ネット中心の情報接触へと変化し、自分が関心を向けなければ入ってこない構造になっています。
つまり、盛り上がり自体が消えたのではなく「盛り上がりが見えにくくなった」のではないか。
深夜帯という物理的な問題と、情報接触の変化という構造的な問題。その両方が重なり「なんとなく静かだ」と感じさせているのかもしれません。
盛り上がっていないのではなく、私たちの感じ方が変わった。
大会も半ばに入り、22時台からのメダルマッチも増えてきます。ここからどれだけ盛り上がりを見せるのか、楽しみなところです。

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